題名のない音楽会、チャイコフスキー

2009年01月11日
久しぶりに題名のない音楽会をちょこっとみました。
チャイコフスキーが取り上げられていました。

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チャイコフスキーって、未亡人の女性のパトロンがいたことは知っていましたが、それ以上のことはあまり知りませんでした。
ずっと、年に1000万円も貢いでもらっていたんだそうです。(いいなあ~、笑)
しかも、一回も会わずに。
文通だけだそうです。

すごいですね。
そんなことってあるんですね。
今でいう、メル友というところでしょうか。

でも、パトロンって、なーんか、どーなのよー、って思ってしまう方も多いのでは?!

要はヒモってこと??みたいな。


夢、というか幻想に生きる人に、ハマっちゃって貢いじゃう、で一緒に落ちていく・・・みたいなあまり良くないイメージなんですよね。

でも、チャイコフスキーは、ちゃんと音楽家として、傑作を生み出して、音楽家として大成したんですから、この未亡人のパトロンは、見事にみる目があったってことですね。
パトロンがいたのって、チャイコフスキーだけではありませんしね。

お金持ちのパトロンがいたおかげで、職業的に身分の低かった音楽家が、生活が出来て、創作活動に専念出来て、仕事を得られるんですから、クラシック音楽の歴史から見ると、必要不可欠、といったところでしょうかね。
音楽家だけではなく、画家もそうですし。
芸術の世界に生きて、芸術の世界で食べていくって、今も昔も、難しいんですね。


そして、文通だけの関係をずっと続けていたというのも、

ホントなのー??

って思っちゃったりしますが。。。

これ、けっこう成立するものなんですね。
私自身は、昔、文通友達っていうのがいました。
女性ですけど。
しかも、同い年。

小学生の時に、一週間泊まり込みの水泳の合宿で知り合ったんですね。
その後、ずっと文通だけ。
その時は、昔なので、ケータイなどはなく、また小学生だったので、長距離電話もせず、手紙を書き書きしていました。

いやー、我ながら、純粋?!

この関係が10年くらいは続きましたね。
けっこう、出来るもんなんです。(笑)

今になって面白いのが、大学生になっても、社会人になっても「会いましょ」ってならなかったこと。
一回も、そんな話は出なかったんです。
不思議ですね~


そして、その後どうなったのか??


結婚パーティーの案内状が届きました。
彼女が結婚することになったんです。
しかも、アメリカ人と。
当然、パーティーの場所は、アメリカ。

そこで、「この機会を逃したら、一生彼女と会わないで終わってしまう」と思ったんです。
それで、一人で行きましたよ、アメリカに。

しかも、初、海外旅行。
まだありますよー、ツアーじゃなくて、初、完全個人旅行。乗り継ぎつき。
そして、現地の滞在ホテル、未定。
英語、チョー苦手。
さらに、現地の地名は、この時、初めて知ったんです。


よく、親は行かせましたよね。(笑)

そして、パーティーに参加して、帰国。
何十年ぶりの再会を果たし、その後は。。。。

以前の文通すら、ほとんど途絶えてしまいました。。。


チャイコフスキーと未亡人のパトロンが、あえて会おうとはしなかった、のは、なんかわかるな~。
文通だけの関係を続けていたのは、ある意味、正解だったのでは、と思います。
その方が純粋に関係を続けられるかも、しれません。

会っちゃうと、何故だかわからないのですが、「終わり」ってなっちゃうんですよね。
関係が冷めちゃうのかな。
同性同士で、こうなんですから、男女の関係だと、ますますそうなっちゃったりして?!
そういうことをチャイコフスキーもこの未亡人のパトロンも、知っていたのでしょうかね。
(あっ、でも、チャイコフスキーって、女性ではなく、男性がお好きだったようですがね)

題名のない音楽会を見て、チャイコフスキーという音楽家が、さらに身近に感じたひと時でした。
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